どうも、ゆーたろーです。
今の時代、日本ではスマホを持っていればラインを持たないということはないと思います。それくらい日本ではラインが浸透しています。ですから、どこかの集団に属すれば、そのグループラインに入らなければならなくなったというわけです。
いろんなことが自由になりつつある現代で、どんなに嫌な人ともオンラインで繋がらなくてはならなくなるというのは皮肉な話です。
ただし、それは悪いことばかりではありません。
嫌な人と繋がりやすくなった分、そういう人たちの行動パターンとか、心理とかが分かりやすくなりました。
ですが、嫌な人に限らず、自分が有している友達のラインのアカウントの何でその人の行動パターンや心理が分かるのでしょう。
・・・と言われれば、タイトルの通りです。ラインのトプ画で知ることができます。
トプ画とは、いわゆるプロフィール画像です。ラインは丸いプロフィール画像に加えて、画面いっぱいの画像をプロフィール画像にできます。そこには、人によって様々な画像をアップロードするでしょう。それらは結構分かりやすくタイプ別にカテゴライズできます。
例えば、ディズニーランドに友達と遊びに行った時に撮った、友達と自分の顔のドアップ画像をラインのトプ画にする人(私は、こういう人が大抵苦手です)とか、自分一人が写っている画像とか、集合写真みたいなものとか様々です。
その中でも風景の画像をアップする人がいます。
今回はそれについてです。
なぜ、今回これを書こうと思ったのか、それは、心理学・恋愛系のサイトにあります。
そこでは、心理学、もしくは恋愛のコンテンツを中心とするカテゴリーを持っています。その中で、例のコミュニケーションアプリ「ライン」のプロフィール画像「トプ画」に関する心理学のトピックを多くのサイトが公開しています。
「ライン トプ画 心理学」などと検索すれば、たくさん出てくるでしょう。
そのサイトの中では、こういったトプ画をラインで公開していれば、この人は大体こういう人だということを羅列して書いています。
例えば、自分の顔をトプ画にしている人は自信家だとか、集合写真の画像をトプ画にしている人は和を重んじるという感じです。
まぁ大体は想像すれば分かることでしょうがね。
ただ、その中でデタラメというか、絶対に想像で書いているであろう項目があります。
それが、「ラインのトプ画を風景にしている」です。
具体的にどんなことを書いているのかというと、
- 風景がトプ画の人はミステリアス
- それに我慢をしがちな人
- 周りとの和を大切にする
- 自分の美学を大事にする
- 抑圧から解放されたい
などです。
まぁ何というか、別に間違ってはいないのですが、なんか的を得ていない感じです。
なぜそんなことが分かるのかというと、私が風景をトプ画にしているからです。これまでも、たまにネタみたいな画像にすることはありますが、そうじゃない時はすべて風景にしています。まぁ私がそんな奴なんだってことがバレちゃいますがね。
じゃあ実際のところはどんな感じなんだよ、て思うかと思います。というわけで、風景をトプ画にする人の本音をこれから書いていこうと思います。
そもそも、私はトプ画を月に一回と、コロコロ変える人で、結構飽き性なところがあります。その中で、季節の移り変わりの時は大体トプ画を変えます。
それは、その季節が来たんだな、という空気を感じたいからです。
ゴールデンウィークが来たら思いません?
そろそろ夏が来るんだなーという暖かさというか。そして、想像するんです。新緑の中をゆっくり走り抜ける自分を。
ラインでそういう画像にすれば、そういう気分を簡単に味わうことが出来るのです。
こんなこと書いたらミステリアスと美学というのが、本当のように聞こえますがね。
ノスタルジックな気分というのは、感じたことはあるでしょうか。言葉で説明すれば、なんとも言えない懐かしい雰囲気です。
そんな気分になったら辛いことも一瞬で忘れることができます。
まぁ例えば、これは誰かに分かるようなものじゃないかもしれませんが、駅です。
雨の中の地方の都市の駅。その大きな暗いホームで、はじっこの誰も座っていないベンチの風景を想像しましょう。
その静かな、どこかで見たことがあるような光景を思う時、ノスタルジックな気分を味わうことができるのです。
その気分を味わっている時は、瞑想しているような感じでリラックスできるし、時間も忘れることができます。
そうしてくれる画像を私はトプ画にするのです。
私は、今は、日が沈んだ頃の静かな画像をトプ画にしています。
上記でも、色々書いてきましたが、その他にも、現実から逃れられるという効果を得られます。
例えば、嫌なことを忘れられる、時間を忘れる、ノスタルジックな気分を味わう、すべてが現実から逃れているのです。
そもそもノスタルジックな気分というのは、頭の中の懐かしい気分であり、空想なのです。
だから、それは現実から逃れているのことと等しいのです。
まぁでもいいのは、数十分したら、いい気持ちで現実に向かうことができることですね。
たまには、こういう息抜きも大事です。
まぁそうなれば、抑圧から解放されたいというのは当たっているんですがね。
私はこれまでに様々な風景の画像をトプ画にしてきました。
ですが、これまで私は他人に見てもらおうとか、共感してもらおうとか、そういう判断基準でトプ画を選んだことはありません。
風景画像にするのは、すべて自分のためなのです。
自分がリラックスするためとか、美を味わいたいとか、そういうためだけに私はラインの画像を選びます。
時には、自分で画像を撮りに行くこともあります。それくらい私は風景が好きだし、画像にもしたいのです。ただそれだけです。
もはや、ラインのトプ画は自分の世界に入っています。そこに他人など入る余地がありません。
だから、私は二次元の女の子をアイコンにする人は理解ができません。
多分、誰かに見せたいという気持ちが働いているのでしょうが、正直私には分かりません。ラインって自分のためにあるのに。
つまり、風景をプロフィールにするのに他人が関わる余地はないということです。だから、他人との和を大切にするなどということはありません。我慢強いというのも、それは偏見に過ぎません。
ここまで書けば、様々な心理学の記事が単なる憶測だというのが分かるでしょう。
・・・ここまでで、風景をラインのトプ画にする人の気持ちは分かってくれましたか?
むしろ分からないって人もそれなりにいるとは思います。
とあるサイトに、ラインで風景をプロフィールにするやつと関わると面倒だ、とか書いていましたが、これまで私が書いたことを振り返れば、間違いじゃないかもしれません。
ですが、断言します。ラインのトプ画を風景にするのに、私は全く悪意はありません。
それだけは伝えたいと思います。
というわけで、ここまでにしておきます。